幸せそうな顔をみせて【完】
 だから、二時間前まで私は副島新の腕の中にいた。心の中で焦っている私とは違って副島新は余裕綽々でニッコリと微笑む。


「おはよう。瀬能商事の納品は今日だよな。頑張ってこいよ」


 爽やかな微笑みを浮かべながら言ってはいるけど、ついさっきまで私のことを抱き潰していた。そんなことはなかったかのような微笑みに睨みつけそうになる。ギリギリまで離してくれないから、今日は早く出勤しないといけないのに遅刻してしまいそうなったのを副島新は知っているはず。


「うん。おはよう。今日の午前中に納品してくる。小林主任と研究所の主任の人も一緒に行ってくれるから少しだけ安心」


「そっか。俺も頑張らないとな」


 そういうと自分の席に座り、パソコンを立ち上げながら仕事を始めていく。そんな横顔を見ながら私は小さな溜め息を零した。


「瀬戸。今、ロビーに中垣主任研究員が来たみたいだから、行くぞ」


 小林主任の声に背中にピリッと何かが走る。緊張の時間の始まりだった。荷物を持って立ち上がろうとすると、副島新が私の手をいきなり握ると私の手に何かを握らせた。何かと思って手を開いて見るとそこには大きな飴があった。


「それ袋の中に一個しか入ってない当たりだから」


 手の中でコロンと転がる飴を見ながら自分の顔が緩むのを感じた。袋入りの喉飴の中にこんなサプライズの当たりが仕込まれているなんて知らないけど、それでも営業にとって喉は商売道具。


 有難くいただくことにした。


「ありがと。頑張ってくる」


「ああ」

< 279 / 323 >

この作品をシェア

pagetop