幸せそうな顔をみせて【完】
「さあ、どうかな。さ、そろそろ行かないと置いて行かれるよ」


「色々ありがとうございました。それでは失礼します」


「こちらこそありがとうございます。では検討させて貰いますので」


「よろしくお願いします」


 私がわざとビジネス口調でいうと、尚之はクスクスと笑いながら同じようにビジネス口調で返してくる。でも、その表情は昔の尚之のままだった。そんな彼を好きだったのはいい思い出になっている。


 ロビーを抜け、地下の駐車場に急ぐ。いくら客先の専務から話があると言われたからとはいえ、小林主任や中垣主任研究員を待たせるのは忍びない。急ぎ足で行くと小林主任と中垣主任研究員は駐車場の車の中で待っていてくれた。


 尚之と話したのは時間にして五分。尚之は本当に五分で私を解放した。戻ってきた私を見て、小林主任は驚いた顔をしている。


「わざわざ来なくてもメールでいいのに。食事にでも行くんだろ」


 小林主任の言葉は私が尚之と本気で食事に行くと思ったみたいだった。でも、私にはそんな気はなかった。もしも尚之と一緒に食事をすることがあるなら、それはきっと二人きりとかではない。周りに友達がたくさんいる場所でだと思う。


「行きませんよ。今から小林主任と一緒に会社に戻ります」


「でも、大学の同級生だろ」


「そうですが」


「ま、いい。どうせ昼になるから、中垣さんと一緒に食事に行こうかと思っているけど、瀬戸はどうする?」
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