幸せそうな顔をみせて【完】
「冗談だよ。最初からペリエにするつもりだった。でも、葵が俺のことをまた『副島センセイ』とか言おうとするからちょっとして悪戯。今日はここで食事をした後に葵と一緒に色々なところに行って一緒に楽しみたいと思っている。だから、こんな昼間から飲む気は更々ない」


 冗談?


 冗談にしては意地悪過ぎる。私は頷こうとしたけど、それは飲み込んだ。それは一緒に楽しみたいという言葉が嬉しかったから。だから、私もスパークリングワインの事には触れずにニッコリと笑ったのだった。


「私も一緒に楽しみたい」



 私の言葉に、副島新は蕩けそうなほどの優しさに溢れた微笑みを私にくれたのだった。スパークリングワインについての答えも、副島新のマンションに泊まるということも返事はしてないけど、それでも副島新が笑ってくれたからそれだけで私は嬉しかった。


 少しランチの時間が過ぎていたとはいえ、土曜日の昼下がりのレストランは恋人同士のデートという雰囲気があちらこちらから溢れていて、見ていると恥ずかしくなる。その中には辺りの気温を上げているのではないかと思われる人を見てしまい、見てはいけないものを見たかのように視線を逸らして赤面してしまう。テーブルの上で重ねている手が視線を逸らした後でさえも目蓋の裏にしっかりと焼き付いていた。


 副島新はそんな私の状況をちらちら見るばかりで何も言ってくれない。しばらくしてポツリと一言。


「葵。あーいうのが良くても俺には期待するな。俺には無理だから」

< 53 / 323 >

この作品をシェア

pagetop