暫定彼氏〜本気にさせないで〜
「ここで大丈夫です。ありがとうございます。」
樋山さんと食事をした後、マンションの下まで車で送ってもらった。
「少しは僕という人物を知って頂けましたか?」
運転席からこちらを見て樋山さんが言う。
「はい、こんなにも話す方だとは思ってもいませんでした。」
「それは良い印象でしょうか?」
「ええ、もちろん。こうして食事に行くまでサイボーグの様な人だなって思っていましたから。あっ、ご、ごめんなさい…。」
つい、本音を言ってしまった……。
「いえ、構いませんよ。社長にもお前は表情が分かりづらいとよく言われておりますので。でも良い印象を与えたのならーーーー僕とまた食事に行っていただけますか?」
車内に沈黙が走る……。
沈黙を破り樋山さんが言った。
「………どなたか想っておられる方がいるのですね。」
その言葉に一瞬、彼の顔が過る。
もう、思い出すのは止めようって思っているのに……思いの外、深く刻まれた記憶が中々そうはさせてくれない。
「もしかして……それは販促にいた加藤ですか?」
「えっ、どうして?」
樋山さんから出た名前に動揺が隠せない。
「社長秘書のデータ能力はそれくらい常識です……と言いたい所ですが……あなたを社内で見かけると大抵側にいるのは彼でしたから。彼を見つめるあなたの目がそう語っていました。」