暫定彼氏〜本気にさせないで〜
その日を境に俺の沙紀さんへの気持ちは変わっていった。


ハマっちゃダメだって思うのに、気持ちはどんどん膨らんで。


沙紀さんを独り占めしたい。


自分だけのものにしたい。


そんな欲望が俺を迷わせていた。


沙紀さんとの距離が少しずつ縮まるに連れ、彼女に本当の事が言えず俺の心は苦しくなった。


全てを話して沙紀さんを失うのが怖かった。


その不安は別の形でもやって来た。


社員旅行で温泉に行った時、沙紀さんと人事の藤枝課長が一緒にいる所を偶然に見つけた。


前に二人が関係あったという事は薄々気付いていたけど、目の当たりに見ると流石にショックが隠せない。


旅館の庭先のベンチに座って話し込んでいる沙紀さんにいつもみたいに声を掛ければ良いのに、言葉がどうしても出てこない。


だからと言ってその場から離れる勇気もなくて……


ただ二人の話す声が微かに聞こえてくる距離で立ち尽くすしかなかった。


やはりーーーー


藤枝課長は沙紀さんとヨリを戻したいらしい。


二人が実際、どれほどの関係だったのかまで俺は知らないけれど二人が醸し出す雰囲気で軽い付き合いだった事ではないのだろう。


一瞬、このまま沙紀さんは藤枝課長を選ぶんじゃないかって不安が過る。


考えてみれば俺は所詮、暫定彼氏。


沙紀さんが俺ではない誰かを選ぶなら俺はその時点で彼氏という立場から離れなくてはならない。


いや、こんな卑怯な俺といるより藤枝課長といるほうが沙紀さんにとって幸せなのかもしれない。


そう思うと子供の頃に感じていた孤独感が急に俺を襲う。


もうこの場から立ち去ろう。


これ以上、ここにいても辛いだけだ。


その場から離れようとしたのに立ち去る事が出来なくなった。


完全にタイミングを逃してしまった。


何故なら藤枝課長と目が合ってしまったからだ。







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