elevator_girl
バスは、丘の上キャンパスに向かって走り出した。
夏名の促すまま、隣に腰かけた松之。
狭いバスのボックス・シートなので、夏名と嫌でも体が接触してしまう。
一昨日までの松之だったら、夏名の異性としての無言の主張に
若い男として、多少の興味を持って意識してしまっていただろう。
でも、今日の松之は異なっていた。
そんなものは違う。僕は.....。
それは、[情動]が人としての知性を得て、[愛]、に昇華した瞬間である。
いつか、それが訪れる人もいるし、生涯訪れない人ももちろんいる。
どちらが正しい、と言うものでもないが、松之にはそれが訪れた。
その触媒になったのが、彼女の存在だった。
リョーコさん...って、どんな字なのかな?
なんて苗字なんだろう?
それも彼の血、なのだろうか。
漢字の表記と語彙を意識する松之だった。
同じ頃、深町は
ぽつり、ぽつりと灰色の空から落ちてくる水滴を
すこし、憂鬱な気持ちで眺めていた。
.......月曜だしな。
講義はどうせ11時からだし....。
雨がそれまでに止むといいんだけどな。
でも、今朝はなんとなく....
家でひとりでいるよりも、外へ飛び出して行きたいような
そんな気分の深町だった。
雨か......
この、深町の住んでいる家は
今、彼が名乗っている深町姓の叔父の持ち物だ。
叔父は仕事柄、家に戻れない事が多いので、用心棒代わりに
ここに住んでいる。
中学3年で家を出てからずっと、この家に世話になっているので
もう、気分としてはこの家の者だ。
縁側から見た庭に八重桜があり、雨滴がぽつり、と落ちるたび
たおやかな花弁がはらり、と舞ってゆく。