elevator_girl
玄関には深町のオートバイが入れてある。
彼は、そのオートバイの事をイメージした。
もう、クラシックの域に達した2ストローク4気筒、500cc。今は法律で製造が禁止されているエンジンだ。
そのエンジンの中では紅蓮の炎が命のように燃え盛り、そして白煙とともに吐き出される。
白煙があたかも命の証しのようで、深町はそれがとても気に入っていた。
ひとたびスロットルを開けば、彼の時間は後退する。相対性理論に示されているように
速度を早めると、時間が遅れていくのだ..........。そう、深町は夢想した。
学校、いくか。
この気持ちを晴らしたい。そんな風に思った彼は
黒いヘルメット、それといつものMA-1ジャンパーを引っ掛けて
オートバイ、ヤマハRZV500Rにキーを入れ、玄関から出す。
雨は小降りになっていた。
緑深いこのあたりの場所は、まだ空気が澄んでいる。
雨に萌える草いきれが強く感じられ、やがて訪れる初夏を思わせた。
ライト・グレィの空に、つばめが数羽、綺麗なターンを繰り返す。
キーを捻り、キックペダルを蹴る。
呆気なくエンジンは始動し、静かなこの住宅街に騒々しいメカニカル・ノイズと
甲高い猫の鳴き声のような2ストローク・エンジンのエキゾーズト・ノートが反響した。
ヘルメットを被り、早々に路地から出ようとすると
伯母さんが、玄関まで出て見送ってくれた。
斜めからの彼女の横顔を見、深町は思う。
「ちょっと、リョーコさんに似てるかな...。」
そう思うと、深町にどこかスゥイーティな感傷が生まれそうになった。
それを掻き消すように、彼はスロットルを数回煽り、エンジンの音を楽しんだ。