elevator_girl
シグナル・ブルー。
しばらく、対向車をやり過ごしてから、深町は空いているレーンを右折、
2ストローク4気筒のエンジンを奮い立てるようにスロットルを開いて。
スーパー・マーケット、郵便局、銀行...極めて日常的な街並みも
このバイクで行けば、楽しい非日常に変わる...そんな幻想を抱きながら。
突き当たりの三叉路を右折すると、左手に池が見え、鴨や鷺などが遊んでいるのが見える。
その緩い左カーブで、さっきのバスに追いつく。
丘の上キャンパスはもうすぐ。次の交差点を左に折れ、坂を登ったら、直ぐ、だ。
深町は、ギアを1速まで落とし、バスを一気に追い越す。
バスの座席で、松之は、夏名と他愛ない世間話をしていた。
それも充分に楽しい事だし、松之自身もその方が良かった。
ひとりで居るとなんとなく淋しかったし、意味もない連想を繰り返してしまいそうだった。
例えば、リョーコに近づくな!と、妙な男が邪魔をしてくる、と云うような。
往々にして有り勝ちな妄想だが、こうしたイメージは多くの場合、その本人に内在する
攻撃性がそうした偶像を作り出すものだ。
つまり、彼女に対する思いをぶつける対象として、「障壁」が作り出されるのだ。
また、不安の象徴としてもそうした偶像が描かれる。
この時の松之は、まさにその状態だったから、夏名の無邪気さが有り難かった。
「あ、アレ!深町さん。せんぱーい~!」
と、夏名は、バスの窓を開けて手を振る。見ると、バスを追い越していく赤と白のオートバイ。
見なれたMA-1ジャンパーの背中は、確かに昨日見たシュウだ。
彼は、追い越して行きながら夏名の存在に気付き、スロットル全開のまま左手を上げ、
バスの前に滑りこんだ。そして、左手を上げたままスロットルを戻し、左ウインカーを出したままバイクを腰で傾け、手を振りながら交差点を左折。