elevator_girl
「.....すごーい.....!?どうしてあんなこと、できちゃうんだろ。
自転車で片手離すのも難しいのに。」
夏名が、あまりに愛らしい事を言うので、松之にも思わず笑みがこぼれる。
その瞬間、松之は言葉に表せないような心のふるえ、を感じた。
強いて言葉にするなら、弾いていないギターが、自然な音に共鳴して
響きを得ているような、そういう感じ、とでも言おうか。
涙ぐみそうになっている自分に気付き、夏名に気付かれないようにそれを拭った。
幸い、夏名は深町のオートバイを視線で追っていて、松之の動きは悟られず。
....僕は、どうしてしまったのだろう?
心がどうかしてしまったのだろうか?と、松之は不安になった。
無論、これは松之だけに起こった特別な事件かというと
決してそんなことはなく、誰にでも起こり得る事だ。
夏名の存在が松之の心の琴線に触れたのではなく
松之がSensitiveになっていたためにそれが起き
そしてこれが、松之自身が経験したことのない事だったから
彼自身が戸惑ったと言うだけのことである。
それまでの人生で、彼がひとを恋うた事が無い訳ではない。しかし....
こういう瞬間が訪れる事は、彼にとっては思いも拠らなかった。
其れ故に彼は衝撃を受けている、のであるが。
それは、誰にでも、何時でも起こり得ることだし、
起こらないかもしれない。
でも、彼には起こってしまった。
とても幸運なら、その想う人にも同じ事が起き
そして、その双方を認め合う。
そういう事も無くはないが、とても希有な事だ。