elevator_girl
「祖父が、ここで開業していたの。」

へえ、と深町が感嘆の符丁を発する。
「じゃあ、諒子さんは女医さん?」と言うと

諒子は、いいえ、とかぶりを振った。

楽しそうに笑うかと深町は思っていたが
どちらかと言うと沈みがちの表情で。

意外。と深町は何か思索していたが
その思考を遮るかのように

「どうぞ、中へ」と、たおやかに諒子は
柿渋色の扉を開き、客間へと二人を招いた。


招き入れられた客間は、更に隔世を感じさせた。
ダーク・ブラウンのクロスが貼られた長椅子。
ソファ、と表現するよりは、長椅子、と表記するが
相応しいそれは、日本の職人の感性が得た
西洋風、と和の感覚が融合したもので
それもやはり、昭和初期の豊かさを彷彿とさせた。

プリーツのたっぷりとられたビロードのカーテン、
窓硝子は規格品ではなく、窯で作られたもの。
木枠の方を合わせる、と言う贅沢なものだ。

松之は思う。
諒子に、どこかしら感じられるゆとり、な雰囲気は
ここの生活から発したものなのだろうか、と。

「お掛けになって。お茶をお持ちしますから」と
諒子は二人に長椅子を進め、奥のドア、
これも重厚なもの-を静かに開き、そして
音もなく閉じた。


「....すごいところだな」と、深町は感嘆。

「....うん、なんだか...。」と、松之は相槌するが
それよりも、諒子がさきほど見せた
寂寥感のような雰囲気の方、を意識した。

この屋敷が持つ趣き、それとの関連が
感じ取れそうな、気がして....。
松之は更に不安になった。
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