立花課長は今日も不機嫌

「こっちのグラスが空だ」


変わらず冷たい視線で、隣のグラスを指し示す。
そこには、指摘通り空になったグラス。


「す、すみません、すぐにお作りします」


弾かれたように慌てて手を伸ばした。


「お客様、そんなに目くじらを立てたら血管が切れちゃいますわよ? 私がとびきり美味しいのを作りますから、ちょっとお待ちくださいね」


場を和まそうと霧子さんがそう言ってくれたものの、立花さんはそれをやんわりと断り、私にグイとグラスを突き出したのだった。



もしかして、わざと……?
私が佐伯杏奈だと分かって、わざとそんなことを?


そんな疑念がふと沸く。


若干32歳。
全国に旅行代理店を展開する、それなりに名の知れた会社で、人事部長を差し置いて(定年間近ということもあるけれど)人事部を牛耳っているというだけあって、頭のキレる男なんだということは私でも知っている。

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