女神の微笑み
アヤは母を見た。
泣いていた。アヤが見る、母の初めての涙だった。
「こんなふうにあんたに言われたの、初めてだね」
人の泣き顔を前にしたら、そっとハンカチを差し出すのが、世間一般のやさしさなのかもしれない。
でも、自らの過ちで、手錠されたままの今の自分が、そんな立場にないことぐらいわかる。
ただもう一度、今度は目を見て、言った。
<ごめんね>と。
その時流れ落ちた涙で初めて、アヤは自分が泣いていたことを、知った。



そして一時間ほど過ぎた審判終了後、アヤのその後は決められた。
帰宅は、許されない。
後で聞いた話しだが、ユミとさくらも、何日か前に同じ判決を受けたらしい。
「泣き落とせると思ったのにな」
母がぽつりと言った言葉を、アヤは聞いた。
一瞬、アヤは言葉を失った。でもここで取り乱しても、泣きわめいても、誰かの同情がもらえるわけでもないし、何よりそんなみじめで見苦しい自分はとうの昔に棄てたつもりだ。
「あんたもいい演技だったんじゃない?」
今度ははっきり聞こえる声で母が言った。
<男>を見る時以外の母の目は、どこかで相手を見下すような、そんな目にも見える。
この時の母はもう、いつものそんな目をしていた。
< 25 / 252 >

この作品をシェア

pagetop