嘘と正義と、純愛と。
長い就業時間が終わって、帰路につく。
更衣室へ行くときも、エレベーターを待ってる時も、裏口までの廊下でも、私は斎藤さんを探すように歩いていたけど会うことはなかった。

こんなものなのかな。
今まで偶然が重なりすぎてて、会えないことの方が変な気がするっていうだけなのかな。

それとも、ただ、私の気持ちが大きくなってるだけなのかな……。

だから、ひと目見たいし、声を聞きたいし、触れられたい。
そんな願望が止まなくて、時間も長く感じるし、会えない悲しさも大きく感じるのかな。

駅のホームで風に当たりながら、目を伏せる。

理屈じゃない。ただ、そんな雰囲気を感じただけ。ひとつ言うなら、風に混じった香りかもしれない。本当、気のせいかもと思う程の微かな……。

「靴。履いてくれてんだ」

振り返る前に耳に届いた声に、あれだけ会えた時の想像をしていたのにも関わらず、掛ける言葉がすべて消えてしまう。

真後ろから、耳の上に口を寄せて話しかけられているせいもあって、未だに振り向くことができない。
直立状態で硬直していると、さらに低くしっとりとした声が鼓膜を甘く揺らす。

「顔を上げて。また変なやつに目をつけられないように」

夜風なのか、斎藤さんの吐息なのかもう区別がつかない。
恥ずかしくて俯きたかったけどグッと堪え、『顔を上げて』と言われた通りにする。

今、顔を回したら、すぐ近くに彼の顔がある。
あの目と視線がぶつかったら、きっと私は今以上に感情が溢れ出て、離れられなくなっちゃうかもしれない。

それをわかってて、あなたと見つめ合いたい。

勇気を出して振り向こうとした矢先に、両肩に手を添えられる。
肩を上げて驚いていると、目の前に電車がやってきた。

「自分で自分を守れ。それでもダメそうな時は、昨日みたいに声を出せ」

< 121 / 159 >

この作品をシェア

pagetop