嘘と正義と、純愛と。
「もう、こういうの、やめますから」

震える声でどうにかそれを伝えると、一刻も早くこの場を立ち去りたくて勢いよく踵を返す。
自分が乗ろうとしていた逆側のホームに列車が来るアナウンスが耳に届き、周りの音も動きも感じ始めた時。

今度は私が手を掴まれる。
あまりにびっくりして目を大きくした私は、斎藤さんに抱きしめられた。

何が起きたのかわからなくて、頭の中が真っ白。
周りには今も大勢の人がいるのに、恥ずかしさよりもこの腕の中にいる意味を探るのに必死で構っていられない。

「斎――」

名前を口に仕掛けた時に、彼のポケットから着信音が聞こえてきた。
その音でハッとしたのか、斎藤さんは私を解放して距離を置いた。

「あ……悪い……」
「いえ。電話、お仕事なんじゃないんですか? どうぞ。私、次の電車が来たら行きますから」

気丈に振る舞ってそう伝えると、少し困った顔をしながらも斎藤さんは電話に出た。

「はい。ああ、わかってる。今からそっち、向かうから」

背を向けながらも意識は彼に向いていて、そんな会話を耳にする。
反対側の電車が到着して扉が開くと、斎藤さんがスマホをしまって乗り込んでいくのを横目で見た。

「まもなくドアが閉まります」

ホームの注意喚起を聞きながら、私は迷う。
そして、ドアが閉まる擦れ擦れで、私は斎藤さんが乗った隣の出入り口へと飛び乗った。

人に隠れるようにして、奥に立つ斎藤さんの様子を窺う。

ああ、私、何してるんだろう。
今、『やめる』とか宣言したくせに、こんなストーカーまがいなことをして。

他の乗客よりも頭が半分飛び出てる斎藤さんは見つけやすい。
逆に私はちびっこいからきっと、上手く隠れられて見つからないはず。

それでも後をつけてきてしまったことへの罪悪感と緊張感で、いつ気づかれるかと冷や冷やしながら電車に揺られる。

どこで下車するのかもわからないから、気は抜けない。
気配を消すようにしながら彼を確認していると、4つめの駅で降りたのを見て、慌てて私も降車した。
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