嘘と正義と、純愛と。
「野原さん、行きたかったところあります?」
「ううん。特にないよ」
「じゃあ、決めてもいいですか?」

東雲さんにそう言われてついていったけど、辿り着いた先は、何の変哲もない居酒屋だった。
意外すぎて言葉も出ない私を気にせず、彼女は店員に案内されるまま席に着く。
ハッとしてそれを追って、向かいの椅子に腰を下ろした。

「野原さんて、飲めるクチですか?」
「えっ。いや、あんまり……」
「飲んだことない、とか?」

メニュー表を睨むようにしながら言われ、素直にコクリと頷くと、東雲さんの伏せていた長い睫毛が上を向いた。

「私もです。じゃあ飲みましょう」

な、なんか、東雲さんの印象とことごとく違う。だけど、ペースを握るような話し方はいつもと同じ……かな?

観察するように視線を送っていると、東雲さんは近づいてきた店員にビールをふたつ頼んだ。
店員が去り、再びふたりになったのを見計らって口を開く。

「私、恥ずかしいんだけど、こんなふうに誰かと外で食事したことなんてほとんどないの。だから、なんか、緊張しちゃうね」

学生の頃は、それなりに誰かと食事に行ったりくらいはしたけれど、広海くんと出会ってからは全くと言っていいほどほかの人との交流はなくなった。
私は広海くんと二十歳すぎてわりとすぐに付き合ったようなものだから、お酒を飲みに行ったりもなかった。

(おど)けるように乾いた笑いと共に言うと、一切笑わず、バカにすることもなく、向かいに座る彼女が答えた。

「私もです」
「……え?」

聞き間違いかと思って声を漏らしちゃったけど、東雲さんの表情はひとつも変わらなくてよくわからなくなる。

こんな華やかな女の子なら、同性のやっかみは多少あっても男の人が放っておかなそうなのに。

すると、店内を眺めるようにしながら彼女は小さく言う。
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