嘘と正義と、純愛と。
突然聞こえてきた声に反射で姿勢を正すと、広海くんを見る。
それはどうやら寝言だったようで、無意識にホッと息を吐いていた。

さすがに二連泊はマズい。

私は広海くんを起こさないようにそっとカバンから手帳を取り出すと、メモ部分を切り取って【今日は帰ります】とひとこと残してアパートを出た。

真っ暗な帰り道。
終電はもう出てるからタクシーで帰らなきゃならない。
だけど、アパート付近ではタクシーも捕まらないから、と、大きな通りまで歩いて行く。

通りに出ると、駅もすぐそこに見える。
灯りの消えてる駅を眺めて、またあの人を思い出した。

たった一度きりしか会ってない、あの男の人のことを。

ボーッと遠くを見つめていたら、タクシーがこっちを窺うように徐行して来たのに気付いて慌てて手を上げた。
ハザードランプを点滅させて止まったタクシーに乗り込むと、行き先を告げてシートに寄り掛かる。

暗く静かな窓の外を眺めながら、今日初めて肩の力を抜いた気がした。

30分ほどタクシーに揺られて辿り着いた自宅は、4LDKの一戸建て。そう、実家だ。
私は静かに鍵を開けると、暗い玄関で靴を脱いで、電気を点けずに2階の自室に入った。
部屋に入ると、そこでようやく電気を点けて、カバンを下ろして一息つく。

家族は全部で4人。私が勤めてる本部で働く父と、趣味のフラダンスに没頭する母。看護師の姉。

家族の仲は悪いわけではないと思う。
けれど、特別仲良しというわけではない。

他の家族がどう感じているのかは私にはわからない。
ただ、私は、しっかり者のお姉ちゃんに対して、小さなころから劣等感を感じていたり。そんなお姉ちゃんの後ろにずっといたから、両親に自分をアピールすることも出来ないまま。

お父さんもお母さんも、毎日忙しそうに過ごしているから特に私に構うこともなくて。
構ってほしいからなにかアクションを起こすっていうような行動も取ったことないし、至って普通に今まで生きてきたから大きな心配もかけてはないだろうし。

そんな中途半端な位置にずっといたせいか、家族の関心は私に向けられることはほぼない。

そのおかげで、こんなふうに0時を回って帰宅しても、特になにも言われたりしない。
会社だって、絶対私でなきゃいけないことなんかないし、いつだって私の代わりなんていくらでもいると思ってしまう。

そう。今、私を必要としてくれてるのは、広海くんだけ。

私はそう考えながら自分の右腕を左手で軽く掴むと、顔を顰めて目をぎゅ、と閉じた。

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