嘘と正義と、純愛と。
さっきまで穏やかだった心音が、一気に激しくなったせいか、気分が悪い。
冷や汗も出てきた私は、冷たくなった手でカバンをぎゅうっと握り締めた。

別に私が休みの時に、広海くんが出かけたって問題ないし、嘘つかれてもないし。
自分に〝落ち着け〟って言い聞かせながら、何度も呼吸を整えた。

心がざわつく理由はなぜなんだろう。
あそこにいる広海くんの笑った顔が、やたら遠くに感じるのは……なんで?

手のひらにもじっとりとした汗をかき、呼吸の仕方がわからなくなる。
辛うじて自分の足でその場に立っているけど、今誰かに触れられたらそれだけできっと簡単に倒れ込んでしまうと思った。

こんなとき、他の人なら彼氏に笑い掛けて駆け寄るの?

頭の中で疑問を提示しても、当然誰も答えてくれやしない。

呆然として、未だに動けないでいると、死角になっていたところからひとりの女の人が現れる。
露出度が高めな明るい服に、高そうなカバンをぶら下げてる女の人は、雰囲気から年上のように見えた。
もしかしたら、広海くんよりも上かもしれない。

目を大きくし、瞬きも忘れてふたりを遠くから見つめると、広海くんはその女の人の腰に手を回した。

その先は見ちゃいけない。
何度も頭でそうシグナルを鳴らしていたのに、私は注視し続けてしまう。

――結果。
広海くんは、私とは似ても似つかないその大人の女性に、本当に簡単に軽いキスをした。

「……あー」

ひとりで抱えきれない衝撃に、思わず声を出してしまう。
……だけど、私、変かもしれない。
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