嘘と正義と、純愛と。

「信用されてないのか、それとも相当束縛心が強いのか……」

彼は私越しに広海くんが去って行った方向を見つめて意味深な言葉を吐いた。
それはどのことを示唆したものなのかと狼狽する私は、目を泳がせながら返す言葉を必死で考える。

「怪我……増えてんな」

そう言ったあとに、スッと彼が手を伸ばしてきて、私は反射的に肩を上げて身体を強張らせた。きつく目を閉じてしまったから、この人がどんな顔で何をしようとしてるのかわからなくなってしまう。

怯えるようにその場で身を竦めるていると、そっと優しい手つきで左頬を触れられた。

私は驚いて目を見開き、窺うように視線を上げていく。
紫黒の瞳まで辿り着くと、意に反して鼓動が速まり、振り払うことも逃げることも忘れてしまう。

彼が頬から手を引っ込めたその時に、微かに届いた香りが私の記憶を繋げた。

「さ……いとう、さん？」

信じられない思いで彼を見上げ、無意識に手を伸ばす。
ゆっくりと彼の顔まで手を近づけても、避けるどころか戸惑うこともせずに、私を受け入れる。
顔を隠すような長い前髪を、震える指でそっと分けると、端正な顔立ちが露わになった。

知性的な眉に、自信を表すような視線。
この顔に、あのメタルフレームのメガネを掛けたら……。

脳内で彼の目元にメガネを掛けると、記憶にある人と完全一致する。

「ごめんな。左頬(これ)は俺の配慮が足りなかった」

斎藤さんは、僅かに眉を寄せて目を細めた。
その表情を見て、あの番号は嘘なんかじゃなかったんだと確信する。