嘘と正義と、純愛と。

営業中、受付にお客さんが来なくても、店の顔なわけで、気を抜くことは出来ない。
クレーム処理をするのも大変だけど、こんなふうになにもすることなくただぼろを出さないように座っているのもまた辛い。

目の前の出入り口を行き交うお客さんを眺め、スーツ姿の人を見つけてはいちいち反応していた。

なにを期待しているんだろう。
彼だって仕事があるわけだし、ここで声を掛けられたって、何かを伝える予定があるわけじゃないし。

ただ……昨日の彼が本当に同一人物なのか、もう一度確かめてみたい気持ちはある。

寝ずに巡らせていた思考の中には、あまりに雰囲気の違う斎藤さんを疑問に思うものがあって。
痴漢に遭った時と昨日広海くんの前から匿ってくれたあの彼は、少し強引な行動と男っぽい口調が印象的だった。
でも、職場で会った斎藤さんは、物腰柔らかで、笑顔が爽やかな親しみやすい人柄で……。

仕事とプライベートを切り分けてる人はいるらしいけど、あんなに変わる人もいるのだと珍しい思いになってしまう。

なんとなく彼を思い出したからか、ポケットに入ったままの名刺を取り出す。
顔を下げちゃいけないから、視線だけを膝の上に落としてその名刺を隅々まで見る。

「野原さん、そういう人がタイプなんですか」
「えっ!」

隣から不意に言葉を掛けられて、思わず仕事中にも関わらず声を上げてしまった。
今日のパートナーは東雲さん。
エアリアルロングの髪をハーフアップにしている彼女は、たぶん今日も社内で一、二を争うほど可愛いだろう。

大きな黒目を私に向ける東雲さんに、取り乱しながらその名刺をポケットに戻して答えた。

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