嘘と正義と、純愛と。
「……斎藤さん?」

スーツだけど、なんか雰囲気違う。
でも、彼に間違いないと思った。

静寂の中で呟いた私の声が届いたのか、彼はゆっくりと腰を上げて歩み寄ってくる。

「あの男に」

田中さんの落ち着いた声を耳にしながら、私は目を見開いたまま斎藤さんを見ていた。

近づいてきてわかったのは、着ているものは今日みたものと同じだけど、髪を下ろしてメガネを取っているということ。
その顔は、やっぱり街中で会ったあの人で間違いなくて、私の胸は音を立てた。

「ど、して……」
「『助けて』って聞こえたから」
「え?」

普段、職場では絶対にしない。ポケットに手を入れて立つことも、その話し方も。
堂々とした立ち居振る舞いは、見てる人間に安心感を与えるよう。

「電話。しただろ? そうしたら遠くで『助けて』って言ってた」

斎藤さんの言葉にびっくりして、震える手で今田中さんから受け取ったスマホを見てみる。
発信履歴のトップには、確かに【カエル急便】の文字があって愕然とした。

信じられない……私、いつの間にか電話掛けてたの? 『助けて』なんて言ったこと、はっきり覚えてないけど……その前後とか、変な会話してなかったよね?

いやでも、もうそれもいまさら…?

ぐるぐると恥ずかしい失態を考えるのに必死で、他にももっと不可解なことはあるはずなのにわけがわからなくなってしまう。

「私、まだ仕事あるから行くわよ」

そこに田中さんの声が聞こえてきて我に返る。
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