嘘と正義と、純愛と。
開店前の受付で、プルルルッと内線が鳴る。
手を伸ばしかけた私よりも先に、東雲さんが華奢な手で受話器を取った。

「はい。インフォメーションです。あ、おはようございますー。え? あ、はい。わかりました。じゃあ繋いでいただけますか?」

あ。たぶん、また、だ。

「Hello?This is Yoshikawaya Department Stores.May I help you?」

そう思ったのと同じくらいに聞こえてくるネイティブな英語。

なんとなく、負けた気分になるのは私の心が弱いだけ。
比べちゃいけない。だって彼女のお父さんはここのグループの社長で、営業本部長である私のお父さんの上司にあたるわけだし、そういう意味で次元が違うというか。

受話器を握る左手のネイルが目に留まる。
薄いピンク色が清潔感もありつつ可愛らしくて、思わずジッと見つめてしまう。

私なんて……ネイルって数えるくらいしかしたことないかも。
お店に行くのに時間もお金もかかるし、広海くんが『そんなの金のムダだ』って前に言ってたからそういう雑誌の記事を見るのもやめた。

「I’ll ask him to call you back.Thanks you for calling,Mr.Smith」

カチャッとその左手がゆっくりと受話器を置いたのを見届けてハッと我に返る。
慌てて顔を逸らそうとしたけれど、私の視線に気付いて東雲さんが振り向いてしまった。

今から目を逸らすのもわざとらしくて、嫌な感じになっちゃうし……。

困った私は、咄嗟に笑顔を取り繕って、東雲さんに話しかける。

「あ、ゴメンね。東雲さん、やっぱりすごいなぁと思って……つい」

へラッと笑って言うと、彼女もまた、きっと笑顔を〝作って〟答えた。

「いえ。全然そんなことないですよ。ちょっと留学してたから少しだけ話せるくらいで」
「だけど、よく電話回ってくるし。上階(うえ)にも多少応対できる人がいるのに、困ったときはみんな東雲さんに頼ってるみたいだから」
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