嘘と正義と、純愛と。
「い、行かないで……」

消え入る声で辛うじて言った。
まるで子供のような自分が情けなくて恥ずかしくて。
だけど、この手を離したくなくて。

俯いて斎藤さんの言葉を待っていると、奥から人の話し声が近づいてきて視線を上げた。

従業員にこんなとこ見られたらマズイ。

咄嗟にそう考えて手を引っ込めると、今度は斎藤さんが私の手を追いかけ、捕まえた。

『人が来ちゃいます』とひとこと伝えようと口を開きかけた時、クイッと手を引かれる。
備品室に素早く連れ込まれ、薄暗い中で斎藤さんと向き合った。

離したくなかったけど、思わず離してしまった手。
その手を今は、斎藤さんに繋がれている。
そう思うだけでどうしようもなく胸が高鳴って、やっぱりこれ以上いたら気持ちを抑えられなくなりそうだ。

「あの、私」
「しっ。エレベーターに今乗るみたいだ。声がしなくなったら出よう」

声を潜めただけだってわかってるけど、そんなに近付かれたら……私がどんな思いになるか、あなたならわかってるんじゃないの?

仄暗いのを利用して、盗み見るように斎藤さんの顔を見つめる。
彼はドアに背をつけて外を意識していたけど、すぐに私に視線を向けられて暗い中目があってしまう。

なんだか気恥ずかしくて、すぐさま顔を逸らすと同時に手も振り払ってしまった。

……あ。こんなふうに手を離したかったわけじゃないのに。

後悔してももう遅い。
固く目を瞑ると、真正面から深いため息が聞こえてきた。

ああ。そうだよね。こんな素直じゃない女の子なんて、嫌になるよ。

「悪かった。そんなに力入れたつもりはなかったんだけど……嫌だよな。つい」
「えっ」

考えていたような反応ではないことに、思わず声を出してしまう。

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