嘘と正義と、純愛と。
「夏に走るもんじゃないな。あち……。とりあえずなんか飲もう。下に店があるんだ」

斎藤さんが奥へと歩き進めるのについていくと、下へ続く階段があった。
薄暗くなっていく辺りを見回すようにして、階段を一段ずつ降りていく。
一度折り返して下り終えると、正面に見えるドアの小窓から暖色の光が漏れていた。

斎藤さんがギィと少し渋い音をあげながら扉を開くと、後に続くようにドアをくぐり抜ける。

「いらっしゃい。いつものとこ空いてるよ」
「どうも」

ウエイターのような出で立ちで出迎えてくれたのは、三十代後半くらいの男の人。黒髪を後ろに流しているからか、一瞬もうちょっと年上かと思ったけど、控えめに笑う顔がまだ若くみえてそのくらいだろうと思った。

『いつもの』ということは、斎藤さんはここをよく利用してるってことだ。

突き当たりを右に曲がる斎藤さんの背中を見てそう確信すると、一気に興味が湧いて店内を観察した。

地下に存在するのがピッタリな、トーンダウンしたライトの雰囲気。
濃い色の木目がライトに照らされてて、外界からの光が遮断されていてもどこか温もりを感じられた。

なんかここ、斎藤さんに似合うところだなぁ。

キョロキョロとして歩いていると、突き当たりを右に曲がったところのカウンター席に斎藤さんが座っているのに気づいた。

六席の中の一番右側の席から視線を向けられる。

「そんなに警戒しなくても、如何わしい店じゃないから。ほら」

そう言いながら目で背後のテーブル席を示されると、私も自然にそっちの様子を窺った。
女性同士や、男性ひとりというお客さんが飲み物を飲んで寛いでいる光景が目に入る。

クルッと顔を戻し、頬を薄っすらと赤らめて小さく答えた。

「べ、別に、そんな心配してません」
「それならいいけど。とりあえずオーダーするから。決めて」
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