嘘と正義と、純愛と。
腰を下ろしてお茶を入れ、テーブルを挟んで向き合いながらお互いに喉を潤す。
カタッとグラスをテーブルに戻した斎藤さんが、ドアの方向を見つめて小さく笑った。

「そういえば、野原営業本部長のお宅でもあるんだよな」

斎藤さんの言葉に目を剥いた。

「え? あ、知って……?」
「まぁね。同じ苗字だったら気になるだろ? 事務の人が父子だって教えてくれたしね」

そうなんだ。お父さんと直接何か話したり、仕事したりしてるのかな?
私は店の玄関のことくらいしか知らないから……。

「ついでに、あの東雲花音って子もね」
「あ、ああ。それはすぐにわかりますよね。うちは〝東雲グループ〟の百貨店ですし」
「うん。ああ、もしかしたら、野原本部長と挨拶交わすことになるかもしれないんだな、俺」
「えっ?」

綺麗な所作でお茶を口に運びながら、品よく笑う姿は仕事中の斎藤さんだ。
会話の内容が仕事関連だから、そんなふうに見えるのかもしれない。
でも、『挨拶』だなんて、実家(ここ)で鉢合わせしてしまったら、挨拶どころか何をどう説明すればいいの?!

勝手にその先を想像して困惑する私を見て、斎藤さんがクスッと笑った。

「なにか考えて動揺してるみたいだけど、玄関での顔よりは全然よくなった」

両手で頬を覆うようにして目を瞬かせる。

私って、今、どんな顔してるの?

不意にそう思って部屋の隅にある鏡に目を向けると、広海くんに対しての不安なんか少しも感じさせない、血色のいい顔色だった。

「さて、と。少し長居しちゃったな。そろそろお暇しようか。茉莉も笑えるようになったようだし」

30分くらいの滞在時間。だけど、それよりももっともっと短く感じた。
名残惜しいけど、そう思っているのはおそらく私だけだろうし、突然のことだったから斎藤さんも予定とか狂わせてしまったかもしれないし。

残念な気持ちを押し込めて、いつものように笑顔を作った。
さっきまでは歪な笑顔だったはず。だけどそれは、彼がいてくれたおかげでずいぶんとマシな笑顔になった気がした。
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