嘘と正義と、純愛と。
「あの、いつもごめんなさい。私は何も返せてないのに」
「ああ、まただ」
「えっ……」

唇に人差し指を当てられ、即座に指摘された内容に気づく。
一呼吸置いてから、私は訂正して言った。

「……ありがとう」
「よくできました」

ポンと頭に手を置かれるのは何回目だろう。
褒められてうれしくなる子どもの気持ちがすごくよくわかる。心地いいし、自分を認められた気がして力が湧いてくる感じがする。
心の底から笑ったのって、いつだったかな。
とにかく、私は〝今だけ〟嫌なこととか辛いことを忘れて、幸せな気分に浸っていた。

無意識で心からの笑顔を見せた私を、正面に座っていた彼は少し驚いた様子で口を閉ざす。
つい今、向こうも笑っていたはずだったから、その違和感が引っかかって私は不思議に思って尋ねた。

「どうか、しましたか……?」
「なんで……そんなふうに笑えるんだ」
「なんで、って……」

斎藤さんは、焦点が合わない目でぼそりと漏らす。
テレビも音楽もかけてない静かな部屋だったからなんとか聞き取れたけど、その質問の内容と彼の様子に首を捻るばかり。

だって、あなたが私を笑わせてくれているのに。
『守ってやる』なんて言って、こうして側にいてくれるからなのに。

職場の彼と、外で遭遇する彼は別人のように違う。
けれど、今垣間見えた斎藤さんは、またそれらとは異なる気がして驚いた。

それでも、彼は彼だ。
今、私を助けて、支えてくれる、たった一人の……。

「私、広海くんを信じてましたけど……その期待はことごとく裏切られていって……正直本当に苦しいって思ってました。誰かを信じるのがしんどくなってきて、もう誰も信用できないかもしれないって」
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