嘘と正義と、純愛と。
「茉莉。ダメだ。そんなんじゃ……。もっと(したた)かにならなきゃ」
「強かに……なってませんか?」

低い声で言われたことに、自分でも驚くほど瞬時に反応していた。

私、あなたに触れられるためなら、痛みにだって耐えられそう。
好きだとか、はっきりと言われたわけでもないあなたに、こんな気持ちを一方的に抱えてる。
ついこの間までほかの男の人に触れられていた分際で、こんなことを願うなんて強かで狡い女だと思いませんか……?

恥を晒すようだけど、もう止められない。

眉間に皺をよせ、涙目で斎藤さんを見つめると、瞳を覗かせた彼と目がようやく合った羞恥心から、今にも泣きそうな私の顔を切なそうに見つめ返し、ゆらりと立ち上がる。
そこからはやけにスローモーションに見えた。

真横にやってきた斎藤さんが片膝を付き、手を私の右肩に乗せる。顔を僅かに傾け右手で後頭部を優しく捕えると、薄らと口を開き、口づけた。

「……んっ」

私の思い上がりだとは思ってる。……思ってるんだけど、どうしてもこのキスは、私を大事にしてくれてるように感じてしまって、胸が苦しく締め付けられる。

そのまま床に押し倒されても、なお続けられるキスは、エレベーターの時とは違うもの。
乱暴ではないけど結構強引で、例えるなら、何かに苛々しているような……。

「ん、ん、んっ」

酸欠になりかけた私は、ギュウッと腕を掴んで息を漏らす。それでようやく冷静さを取り戻したのか、斎藤さんは私の唇を解放した。
そして、私を見下ろし、我に返ったような目をして飛び退く。

「――ごめん!」

顔を逸らして一言謝罪された。
私はふるふると小さく首を横に振ったけど、目も見ずに、しかも謝罪されたことに傷ついた。

どうして謝るの。目を逸らして何が気まずいの。

そんな疑問が頭を埋め尽くすけど、そんなふうに責める権限は彼女でもない私なんかにない。

無言のままゆっくりと起き上がると、視界の隅でそれを確認した彼は、その場に立って言った。

「本当、ごめん。オレ、もう行く。なんかあったらすぐ電話して」

カバンを手に、ドアの方を向いたまま、背中を向けた彼を悲しい思いで見る。
私は一度目を閉じ、次に目を開けた時は口角を上げて明るい声を出した。

「なんのお構いも出来ずにすみませんでした。ありがとうございます」
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