嘘と正義と、純愛と。
斎藤さんを送り出した後、脱力した私はものすごいゆっくりと階段を上る。
足が鉛にでもなったように重くて、自室までがひどく遠く感じた。

部屋に入りドアを閉めると、斎藤さんがいたことを証明するようにグラスがふたつ、テーブルに並んでる。
膝を追ってトレーにグラスを回収すると、テーブルの奥にメガネが落ちているのに気が付いた。

あ。メガネ! 忘れて行っちゃった! どうしよう。しなくても見えるのかな……。最初に会った時とかはしてなかったし……。でも、やっぱり明日は仕事だと思うし、困るよね?

「斎藤さんのメガネだ」

改めてそんな当然のことを口にして、メガネを拾い上げるとレンズ越しに天井を見てみる。

――あれ?

違和感を感じた私は、そっとメガネを掛けてもう一度部屋を見渡した。

……これ、度が入ってない?

メガネのテンプルを指で摘まむようにして、何度も目を凝らしてみる。だけど、やっぱりこれはただのガラスだ。

どうしてこんなものを……。いや、でも最近はダテメガネだって普通にしてる人いるわけだし。でも、仕事中にそういうのをわざわざする?

メガネのレンズがガラスだった。たったそれだけのことなのに、なんでこんなに引っかかるんだろう。
深く考えすぎだよね。なんかきっと、それなりの理由があって仕事中はこれを掛けてるんだ。

それより、早く追いかけなきゃ。
今ならまだ十分追い付けるはず。

メガネを握りしめて階段を駆け下りる。玄関の施錠を忘れずにして、家の前の道路に出ると左右を確認した。

斎藤さんの姿が見えない。とっくに暗くなってるし、見つけづらいかも。

足を止めて色々と迷ったけれど、勘任せで、私たちが帰ってきた駅の方向へと向かった。
すぐに気づいて家を出てきたはずなのに、前方に全然それらしき人影が見当たらなくて途方に暮れる。

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