嘘と正義と、純愛と。
斎藤さん、走るのも早かったし、歩くのもきっと早いんだ。私と歩くときはおそらく歩調を合わせてくれてて……だとしたら本当に走らなきゃ追い付かない? ううん、もしかしたら出だしから道を間違えたのかもしれない。

気持ちに迷いが生じた私は、小走りだった足が徐々に減速していって、しまいには止まってしまった。

ダメだ。追い付けると思ってたけど甘かった。
あ、電話したらいいんじゃ! って慌てて飛び出してきたからスマホ置いてきてしまった。

自分の抜け加減にがっくりと肩を落として踵を返そうとした時に、脇道に逸れた方角から人の声が聞こえた気がして目を見張った。

そっと近づいていくと、一台の車が止まっている。その運転席にいる人と、外に立っている人がなにか会話をしているようだ。

「随分とご執心なことで」
「気のせいだろ。〝みのり〟の勘はよく外れることで有名だし」
「失礼ね。この間の借り、忘れたとは言わせないわよ? こっちだって仕事中だったっていうのに」

十数メートル手前あたりで足を止め、前方の車を凝視して、耳を澄ませる。

「緊急事態はヘルプし合う。今までと同じ、普通のことだろ」

これ……。この声って……。

「さ、いとう……さん?」

思わずぽつりと口から零れていた。ハッとして口を押さえた時にはもう遅くて、吃驚した様子で車外の男性は私を見た。

外灯のない、暗い夜道。車内から漏れる僅かな光でしか確認できないけど、ぼんやりと見える輪郭、立ち方、雰囲気。
それと、今聞こえてきた声は、間違いなく――。
< 94 / 159 >

この作品をシェア

pagetop