秘密の記憶は恋の契約
タクシーが、私の自宅マンションの前に停車した。

ずっと握られたままだった右手。

彼の力が緩んだ瞬間、私はすかさず手を離す。

「あ・・・じゃ、じゃあ・・・とりあえず、ここまでのお金・・・」

カバンから財布を取り出そうとすると、綾部くんは私の腕に制止をかけた。

「いいよ。これくらい。元々、オレが送るって言ったんだ」

「・・・うん・・・。わかった、ありがとう」

押し問答になりたくない私は、悩みつつも彼の好意を素直に受け取る。

タクシーの扉がカチャリと開き、私は車の外に片方ずつ足を出す。

「じゃあ・・・また明日・・・」

道路に踏み出た私は、車の中にいる彼に、そう言ってぎこちなく右手をあげる。

すると。

「ああ。おやすみ、美咲」


(・・・み、美咲!?)


口をあんぐりと開けて呆然とする私を見て、綾部くんは楽しげに笑う。

タクシーの扉が、バタン!と勢いよく閉まった。

窓越しになった彼の顔は、暗がりでもわかるくらい、甘い表情に変わって私に優しく微笑んだ。







< 44 / 324 >

この作品をシェア

pagetop