秘密の記憶は恋の契約
会社の目の前にある「石田屋」は、横浜市内に3店舗ある定食屋さんだ。

安くてボリュームがあると人気で、毎日、近隣で働くサラリーマンやOLで賑わっている。


(オムライス食べたかったけど・・・男の人が一緒なら、定食屋さんがいいもんね)


タイミングがよかったのか、今日はめずらしく並ぶことがないまま4人掛けのテーブル席に案内された。

自然と、私と綾部くんが隣り合って座り、その向かい側に金田さんと岩下さんが座るという配置になった。

決して広くはないテーブル、気を緩めると、肘と肘がぶつかりそうになってしまう。

私はドキドキする気持ちを抑えつつ、店員のおばちゃんが持ってきてくれたお水を、ゴクンとひと口のどに流した。

「梅村、何にする?」

隣から、綾部くんが私の前にメニュー表をずいっと差し出す。

テーブルに、二枚あったメニュー表。

もう一枚は、金田さんと岩下さんが「どれにしようかなー」と言って二人並んで眺めている。


(うう・・・一枚しかなければ、みんなで仲良く見れたのに・・・)


ヘタに二枚あるだけに、私の方へ身を乗り出してメニュー表を見る綾部くんとの距離は、やけに近いことになってしまった。

ドキドキと、胸が鳴る。

低いトーンの彼の声は、そういえば好きかもしれないと、突然そんなことにも気づいてしまった。
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