陽だまりの天使

坂木さんはほっとしたように柔らかい笑顔を浮かべて小さく頷いてから口を開く。

「変わってると思うのが当然の印象だと思います。倉持先生も、ご自身が一般的な感覚とはずれていることは認識されているようですけど、倉持先生のような方は少数派です。他の先生方は皆様ちゃんと常識を持った方がほとんどですので。なんてことを言ったら僕の方が先生に失礼なこと言ってるかも知れません」

同じような失敗をしてみせ、こめかみに指をやって困ったように苦笑する坂木さんの優しさに口元が緩む。

「じゃあ、私、貴重な体験ができたんですね。倉持先生に感謝しないと」

「そう言っていただけるなんて、すごくありがたいです」

控えめに目を伏せ、微笑む静かな姿は先ほど乱暴に先生を引き倒した人と同一人物に思えない。

一瞬にして賑やかな場を作り出す土谷さんとはずいぶん違い、最初に現れたときこそ大きな声を出し、力ずくで先生を引き倒す強引さがあったが、今は静かに優しい目で先生を眺める坂木さんを見ていると穏やかな人柄を感じる。

「悪口で終わらせてはいけませんね。倉持先生も静かにしていれば寡黙で神経質な芸術家って感じに見えることもあるんですよ」

「それって褒めてるんですか?」

ほとんどフォローになっていない意外にもお惚けな発言をする坂木さんに笑いながら応えるが、24時間以上起きている身体は睡眠を望んで、また欠伸が出かかり、息を大きく吸って誤魔化してみる。

しかし、しっかりばれていたようで、少し俯いて口元を押さえて笑いを堪える坂木さんと目が合って同時に噴出す。

「ずいぶんお疲れのようですね」

「すみません、夜勤明けでみんなにお菓子作ってたので、寝てなくて」

「それは、お疲れ様です。手作り菓子ですか。素敵ですね」

夜勤明けプラス酔いも回ってぼんやりしてきた頭が働かず、坂木さんが「差し支えなければ聞いてもいいですか」という前置きをして控えめに話を聞いてくれるし、こちらの話が切れると自分からぽつぽつギャラリーの仕事話や先生の話をしてくれ、静かにゆっくりと話してくれる坂木さんの声は心地よかった。

隣といっても、緊張しない距離感がさほど緊張せず過ごせて、むしろ気を抜きすぎて目蓋が何度も落ちかけた。


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