陽だまりの天使

残っていた寝起きの気だるさも剥ぎ取られ、店の前に停まっている車に先生を乗せている坂木さんの背中を目指して謝ろうと口を開いたタイミングを直美に奪われる。

「さっむー!つっちー早く行こう」

「私ら2次会行くけど、佳苗はもう帰るんでしょ?」

坂木さんのほうに踏み出そうとしたら、一応、といった形で真帆が確認してくるが、当然答えはひとつしかない。

「うん、ごめんね。行ってもたぶん寝ちゃうから」

「だよね。じゃあ、坂木さんの車で送ってもらって。佳苗、意外とやるわね。坂木さん落としたの?」

声をひそめて耳打ちされた真帆の言葉に息を飲むと、かぶり振る。

「あら、そうなの?じゃあ2次会で私か直美になびいたらごめんね。玉の輿狙ってくるわ」

偶然合流した男性といつの間にか合コンになっていたのだと気づいたのは、真帆がいたずらっぽくウィンクして背を向けるのが同時だった。

しかし、玉の輿とはなんのことなんだろうか。

疑問を抱えたままとりあえず頷くと、真帆に背中を押された勢いで足が進み、坂木さんの前にたどり着く。

坂木さんの後ろにはタクシーにしては暗い中でもピカピカに磨かれているのがわかる高級そうな車が待っていて、すでに先生は助手席に納まっている。

しかも白手袋の運転手さんが車のドアを開けて待ってくれている。

「どうぞ乗ってください」

そういいながら坂木さんに手を差し出されたが、その意味がわからず、いつの間に送ってもらうことになったのか定かでない自分が不甲斐なくて、小さくなりながら、あたふたと断りの文句を考えながら口を開く。

「いえ、その、家まで電車もありますし、一人で帰れますので」

送ってもらうといっても、私の家と、先生、坂木さんのお家までの方向も知らず、大回りや逆方向になってしまう可能性も申し訳ない。

しかも、つい先ほど知り合ったばかりの人の車に乗るのはためらわれた。

「車なら多少遠くても大丈夫です。遠慮せずどうぞ。先生がまだネックレスを離さないので、お付き合いいただけるとありがたいのですが」

そういえば、まだ返してもらっていないネックレスを思い出して胸元を押さえる。

もちろん、ネックレスは返してもらわなければならなくて、やんわりと退路を塞がれた選択に即答できず、差し出された手を見つめていたら右手を取られる。

目を丸くして坂木さんの顔と重ねられた手に視線を行き来させる。

振りほどくのも失礼だと思って手を引くのを押しとどめた自分に拍手をしたい。

「寒いですから、悩むのは車の中でお願いしますね」

坂木さんの言葉は柔らかいが、行動は有無を言わせない。

遠慮がちに指先を引っ掛けるように触れているだけだが、同年代の男の人と手をつなぐなんてたぶん幼稚園以来のことで指先に全神経を持っていかれる。

タイミングを逸してしまって謝れていないことも思い出し、手を引かれるまま坂木さんと一緒に車に乗り込む。

待機していた運転手さんが一声かけてから手動で扉を閉めてくれると、暖かい車の空気にほっとする身体と裏腹に、流されて車に乗ってしまった自分の断れない性格にどんな顔をしたらいいかわからない。

元気に手を振る徒歩組に助けを求めて車の外に目を向けてはみるものの、ドアはすでに閉められていて今更降りることもできず、戸惑っている内に車が滑り出す。


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