陽だまりの天使
小さく遠ざかる徒歩組に後ろ髪を引かれながら、縋りついた車の窓からそろりと身体を離す。
明らかにタクシーではない革張りの座席、広々とした空間、タクシーメーターもないのに運転手がいる違和感。
「あの、タクシーじゃ、ないですよね」
恐る恐る聞いてみると、坂木さんは楽しそうに笑いながら答える。
「そうですね。父の車と運転手さんなんですけど、無理を言って来てもらってしまいました。ちなみに、運転手は清水さんです」
「どうぞよろしく、お嬢さん」
紹介された清水さんは視線は前に向けたまま軽く会釈してくれるのに、慌てて会釈を返す。
もしかしなくても、坂木さんはとんでもなくお金持ちなんだと今更ながら気づき、真帆の玉の輿発言もようやく合点がいく。
あの二人は一体どこで気付いたのだろうか。
坂木さんたちと知り合うことができたのはとても光栄だが、ここまで住む世界の違いを感じると恐れ多くて近寄りがたい。
しかも失礼を働いた、今日会ったばかりの人。
ゆっくりとした動きで覚悟をする時間を稼ぎながらゆったりと隣に座っている坂木さんに視線を運ぶと、目が合った坂木さんは笑顔を見せてくれる。
「さっき園田さんたちから高野さんのお宅がH駅の近くって聞いてますけど、詳しい住所教えていただいたら、眠ってもらってもいいですよ。慣れない車だと寝れないものかな。あの、楽にしてくださいね」
手間を掛けさせているのに気遣ってもらってしまい、ますます申し訳なさと無礼を働いた自分立場に小さくなる。
「あの、さっきはお話中に寝てしまってすみませんでした」
とにもかくにも謝罪をしたくて、坂木さんに頭を下げる。
「ああ、気にしないでください。寝たようにも見えましたけど、一瞬ですよ。24時間以上起きて活動されている高野さんの頑張りに感心こそしますけど、謝ることは何もないです。お二人に手作りのお菓子を作る友達想いの一生懸命さも素敵ですし、素晴らしい仕事をなさっているんですから、胸を張って。ただ、無理しないようにしてくださいね」
逆に労わられてしまう優しい言葉は心苦しさを大きくして何も言えなくなってしまい、膝に乗せたカバンを強く握り締める。
そんな私に坂木さんが声のトーンを落として、顔を寄せてくる。
「実を言うと、僕も疲れててぼんやりしてたんです。帰りたかったのは僕かもしれない。みんなは気づいてないみたいだから内緒ですよ」
形のいい人差し指を唇に当てて、肩をすくめて見せる坂木さんのお茶目な一面に、少しだけ力が抜ける。