陽だまりの天使
坂木さんの言葉で少し気が楽になると、先ほどレジ前を完全スルーしてきたことを思い出し、忘れないうちに財布を取り出す。
「あの、お会計。すみません、まとめて払ってもらってしまって、遅くなりましたけど、払いますね」
「いえ、どうか気になさらないでください。元々はこちらがご迷惑をかけたんです。その上、あの後、みなさんの頼まれたものを食べ尽くしたのは雄大です。迷惑料だと思って受け取って置いてください。むしろ、高野さんは食べてらっしゃらなかったので、おなかが満たされているか、心配です」
「それは、大丈夫です」
迷惑料とは言うけれど、そこまで言われるとそんなに迷惑を掛けられたわけでもないのに、奢らせてしまったような後ろめたさが残って口ごもる。
うまいセリフも知らない。
奢ってもらうのも慣れてなければ、自分の不甲斐なさの清算も十分できていない気がして、もやもやした気持ちを財布とともにカバンに押し込めるが、自分の失態を何か挽回のチャンスがないかと思って財布から手を離せない。
偶然出会った人にこんなによくしてもらうと申し訳なさが先立つ。
「すみません、高野さんにそんな顔をさせたかったわけじゃないんですけど」
どんな顔をしていたかわからないが、坂木さんを困らせてしまっていたようで手で頬を抑える。
顔を上げた先で、坂木さんは変わらず笑顔を浮かべてくれているが、眉が困ったように下がっている。
これでは本末転倒だ。
「すみません。私も坂木さんにそんな顔をさせるつもりじゃなくて。その、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」
自分の不甲斐なさもさることながら、坂木さんと見詰め合ってしまうのが恥ずかしくなって視線を落とす。
いつもなら相手の顔を、表情を、視線を見て相手が何を望んでいるのかを考えよう、気付こうと一生懸命見てしまうが、今は仕事でもない。
何か、言葉だけじゃないお礼ができないかと考えをめぐらすが、寝起きの上、寝不足の頭は十分に働かず、出会ったばかりの坂木さんについてよく知らないこともあり、いい案も浮かばない。
「もしどうしても気に病むのでしたら、僕のギャラリーを一度見に来てくださいませんか?」
答えの見当たらない思考に溺れる私に、坂木さんが出してくれた助け舟に顔を上げると、こちらを伺う優しい目とぶつかる。
「後日お時間を取らせることになってしまいますし、ご足労願ってしまうことになってしまうので、高野さんの負担が大きくなってしまいますけど。それに雄大も言ってましたけど、男ばかりのむさ苦しい席よりは女性のいる華やかな席で時間を過ごせたことだけでも十分嬉しいことなんですよ。僕はそれだけで十分だと思います」
「あの、ぜひ行って見たいです。行かせてください」
坂木さんのありがたい提案に1も2もなく飛びつく。
時間の都合をつけるくらいなら自分のことだから可能だ。
もちろん、売り上げに貢献できるとか、そんなことはできないけれど、妹のネックレスに興味を持ってくれた人が作った作品がどんなものかも気になった。
鳥の巣頭で無精ひげの倉持先生が作り出すものも見てみたかった。
きっと一生縁がなかったギャラリーに訪れる機会を得たのも楽しみになる。
「むしろ、とても気になっていたので、こちらからお願いして見に行きたかったくらいです」
現金なことに、グルグル悩んでいたことが消えると、背筋も伸びるし、坂木さんの嬉しそうな顔につられて笑顔になれる。
「よかった。高野さんのその顔が見たかったんです。初めての方にはギャラリーの場所がちょっとわかりづらいので来る時に電話してください。ギャラリーの番号は名刺にありますけど、不規則な勤務でしょうから、僕の連絡先教えますね。こちらだったらいつでも時間を気にせず連絡ください」
笑みを深くする坂木さんのさりげない優しさと、スマートに番号を交換する坂木さんにドキドキしながら肩を寄せ合って携帯の番号を登録する。