陽だまりの天使
携帯を操作する坂木さんの横顔をこっそり盗み見ると、くっきりとした二重に短い前髪が影を落とす。
真剣な眼差しで携帯に目を向ける男らしくシャープな頬の線が街灯の明かりで時々照らされる。
すっと通った鼻筋はどこか上品な印象があり、少なくとも私には十分過ぎるほどかっこよく見えた。
きっかけができると話も弾み、楽しい時間ほど早く過ぎるもので、ほどなく古いワンルームマンションの我が家に車が止まる。
「名残惜しい気もしますけど、またお会いできるのでそれまで我慢ですね」
先に終わりを切り出したのは坂木さんだけれど、うれしい言葉に変な期待までしてしまう。
「約束のネックレス、お返ししないと。先生、高野さんの家に着いたんで、ネックレス返してください」
「んー」
「倉持先生」
それまで大人しくて存在をすっかり忘れてしまっていた倉持先生に坂木さんが声を掛けるが、倉持先生は上の空で返事をしている。
坂木さんが先生からネックレスを取り返すべく後部座席から身を乗り出して助手席の先生に手を伸ばしかけたところで運転手の清水さんがドアを開けてくれたため、お嬢様になった気分で車から降りる。
さっきまで自分がいた車内を屈んで覗き込むと、後部座席から先生とじゃれあっているように見える坂木さんたちをほほえましく眺めながらお礼を述べる。
「送っていただいて、ありがとうございました」
「ちょっと待ってくださいね、高野さん。倉持先生、いい加減にしてください」
車の中で攻防戦を始める二人に思わず笑ってしまうと、ドアを開けてくれた清水さんは呆れたようにドアを閉めてしまう。
「清水さんも遅くにありがとうございました」
「いいえ。仕事の一環とは言え、可愛らしいお嬢さんのお役に立てたなら幸いです」
紳士な発言とともに白髪交じりの髪を綺麗にセットしている頭を優雅に下げる姿は、坂木さんの自己紹介の時のお辞儀を思い出す。
こんな風に扱われたら、本当にお嬢様になったようなくすぐったい気分になる。
清水さんが閉めた車のドアが開いて、坂木さんがわざわざ車から降りて大きく頭を下げる。
「高野さん、申し訳ない。あのネックレス、今日のところはお借りててもよろしいでしょうか?出来るだけ早くお返ししますので」
ちらりと助手席に視線を向けると、倉持先生は大事に両手で包み込むようにネックレスを持ち、角度を変えながら飽きもせず眺めている。
「大丈夫ですよ。坂木さん、頭を挙げてください。今度ギャラリーに行ったときに返していただければ十分です。今の倉持先生を見てたら、今あのネックレスが必要なのは倉持先生だと思います」
頭を下げ続ける坂木さんの肩に手を添えて体を起こすと、坂木さんの不安げな目に私はもう一度頷いてみせ、ようやく坂木さんの顔に安堵の色をともる。