陽だまりの天使
「重ね重ね寛大な対応に感謝します」
カタイ挨拶は仕事仕様なのだろう。
普段から使っていないと、こうは簡単に口に出ない言葉だと思う。
言葉遣い一つで、小さな隔たりを感じてしまうのが少し寂しい。
「坊ちゃま、外はお体が冷えますよ」
角度を浅くなったが腰を折ったままの坂木さんに、清水さんがドアに手をかけて声を掛ける。
「そうですね。高野さん、寒い中立ち話をしてすみません。どうぞ風邪などひかれないようご自愛ください。おやすみなさい」
「はい。また連絡します。おやすみなさい」
ようやくお互い納得したところで会釈をしてから、私は慣れ親しんだマンションに足を向ける。
車が発進する音が聞こえず振り返ると、車の外でまだ見送ってくれている坂木さんに驚いて、もう一度軽く頭を下げてから急いでマンションに走る。
マンションの階段を一つ上がった踊り場から、ようやく車に乗り込む坂木さんの姿を目にして、階段を昇る速度を緩める。
古びたマンションには全く似つかわしくない高級車が走り去って、ようやく日常が戻ってきた気がする。
まさかのきっかけで、出会うはずのなかっただろう坂木さんたちに出会え、また会える約束をしてしまったことに心が躍る。
先の合コンでは惨敗だったけれど、坂木さんとならもう少し話したいという気持ちもどこかにあるのは否めない。
玄関先で登録したばかりの坂木さんの連絡先を開く。
「坂木真理さんか」
漢字だけ見ると女性のような名前だが、読み方が『シンリ』になるとまた印象も違うし、かっこいい。
たぶん、住む世界が違うから、付き合いが長く続くことはないと思うけれど、思わぬ素敵な人との出会いに気分よく眠る準備をする。
心地よい緊張感から開放され、くたくたの身体はまたうたた寝してしまうくらいの睡魔と闘いながらお風呂に入り、浮かれた気持ちでベッドにもぐりこんだ。