黄昏と嘘
そしてピアノの音色が聞こえる部屋の前で立ち止まり、ドアに耳を寄せる。
やっぱりこの部屋だ。
この部屋にはピアノがあったんだ。
そう、ピアノの音が聞こえていたのは間違いなく、最初の日、案内してくれなかった部屋からだった。
でもなぜあんな厳しい口調で「関係ない」とアキラは言ったのだろうか。
ピアノが部屋にあったとしても別段、おかしいことではないというのに。
もしかしたら他に何か見られなくないものがあるのかもしれない。
そこまで考えてチサトはその部屋のドアノブにかけていた手をそっと下ろした。
ピアノか、それとも何か見られたくないものがある、とかそういうことではなく、ただ、チサトにはこの部屋のこと、ピアノのこと、知られたくないのかもしれない。
聞かれたくないのかもしれない。
チサトはそれなら覗かないでおこうと、このまま何も確かめずに部屋に戻ろうとした。
しかし2,3歩のところで立ち止まり、また部屋の前に戻ってきた。
嫌なんだったら、わからないようにすればいいじゃない。
私、今、ここにいるんだから。
開き直ったようにチサトは思い直す。
それはどうしても、少しでも、なんでもいいから、アキラのことを知りたい、そんな思いからだった。
少しだけ、少しだけ、見るだけだから。
チサトはどきどきしながら再びドアノブに手をかける。