黄昏と嘘
小さな「キィ」という音と共にドアが開く。
そしてチサトは少しだけ開けたドアの隙間から中を確かめると防音設備の施された部屋が見え、その中にピアノがあった。
そして部屋は少し薄暗くてはっきりと表情まではわからなかったが、しなやかな指で鍵盤を叩く、アキラの姿があった。
彼のその雰囲気は少なくとも大学で見せるような冷たくて非情なそんな感じではないとチサトにそう思わせた。
シャツの袖をまくりネクタイも締めてなくて。
いつもよりもラフな格好のアキラだったせいか。
違う、彼の格好ではない。
彼の表情が違うのだ。
チサトが今までに見たことのない少しやわらいだ表情。
単純にピアノを弾くことが好きなのかもしれない、そうチサトは思ったけれどアキラを見れば見るほど彼はひとりでいるはずなのに誰か側にいるような、誰かのために弾いているようなそう思わせた。
チサトは彼の指から生まれ、聴こえるもの哀しく、切ない旋律とアキラの姿に、胸が締め付けられるような感覚に陥った。
彼の弾く曲は決してチサトのためでなく他の誰かのため。
哀しく、切ない、それはそのままアキラの想い。
彼女はドアノブを持っていた手を離しピアノの音に耳を済ませながら部屋の外の壁にもたれて涙が零れないように天井を見上げる。
やはり、私はピアノのこと、知らないフリをしたほうがいいのだろう。
チサトはなぜかわからないけれどそう思い、曲が終わる頃、静かに自分の部屋に戻った。