黄昏と嘘
チサトは部屋に戻ると再びベッドの中にもぐり、しばらくそのままで頭の中でアキラが弾いていた曲を反芻する。何回も何回も彼女の頭の中で繰り返すピアノ。
はっきりと彼の姿を見てはいないのになぜか鮮明に彼の姿が脳裏に浮ぶ。
・・・しかし、表情は・・・わからない。
しばらくしてアキラがあの部屋から出てリビングの方へ行く気配を感じた。
それに気付いたチサトはそっとベッドから起き上がり、気配に合わせるように何も知らなかったフリをして、部屋を出てアキラが向かったであろうリビングへ向かう。
リビングのドアのところからアキラを確認すると先ほどのピアノを弾いていた姿とは違って、いつものきっちりとした姿の彼があった。
あ、さっきのピアノの時の姿とは別人だ・・・。
そんなことを思いながらしばらく彼を見る。
アキラはチサトの気配には気付いていないようでソファの側に立ち、ネクタイを締めていた。
「あの、先生……。おはようございます。
今日はゆっくりなんですね……」
……、返事もしない。
「あの……、時間あるのなら朝食でも用意……」
チサトはそんなに料理が得意でもないけれどここに住まわせてもらってから特にアキラのために何もやっていないこと、それからトーストくらいなら用意できるとそう思い、彼のために何かしたいと少し焦り気味に声をかけた。
いつもすれ違いで次、いつこんな風に会えるとはわからない。
だがアキラはチサトがその言葉を最後まで言い終わらないうちに答えた。
「朝はコーヒーだけだから余計なことはしなくていい」