黄昏と嘘
早く、部屋へ帰って!
チサトはそう思ったけれどやはりアキラは動こうとはしない。
アキラのほうもおそらくいつもの彼なら彼女が何をどうしようと知ったことではない。
だからそのまま自分の部屋に帰るはずだったのに。
自分でも理由がわからずにチサトの背中に向かって声をかける。
その時の表情はどうだったのか。
「・・・服を出していたくらいで泣くことはないだろう?」
かけられた言葉にチサトの背中がびくっと小さく動く。
いつもならまっすぐにこちらを見てアキラに対して笑い、話しかけてくるはずのチサトなのに、小さく背中が動いた後はそのままこちらを向くこともなかった。
彼は彼女を見たときからいつもと違うと気がついていたのだろうか。
だから声をかけたのか、それは彼にもわからなかった。
普段の彼ならそのまま彼女を放って置いて部屋へ戻るところだが、気づけばまた声をかけていた。
「何があったのかは・・・知らないが哀しいときは我慢をしない方がいい。
中途半端に頑張ろうとすると・・・きっとまた哀しみの底に落ちてしまって二度と戻れなくなるかもしれない」
アキラはそれだけチサトの背中に言うとそっとその場から離れ、少ししてリビングのドアが閉まる音がした。
チサトは彼が部屋に戻ったことを理解してゆっくりと振り返る。
当然そこにはもうアキラの姿はなかった。