黄昏と嘘
先生・・・?
一体、どんな表情で、何を思って彼はチサトに声をかけたのだろうか。
彼女を慰めるつもりで言葉をかけたのか。
まさか、そんなはずはない。
首を左右にぶんぶんと振りながらチサトは気を取り直し、ゆっくりとまた手を伸ばしてジャケットを出したせいでごちゃごちゃになってしまったダンボールの中身を整理し始める。
そう手を動かしながらも、チサトのこころの中はさっきとは違い、少し温かくなっていた。
アキラが自分のことを一瞬でも気にかけてくれたことがとても嬉しかったのだ。
目の前に泣いている人間がいたら、大げさに言えば死にかけている人間がいれば、それが嫌いな相手であったとしても情を持っている人間なら声をかけるだろう。
一緒に暮らしていながらもこの家にチサト自身、存在がなく、アキラからもなんの感情も抱かれていないと思っていたから、アキラが彼女に声をかけることによって、彼女はこの家に存在していることが確証され、嫌われていたとしても少しでも情をむけてくれたと言うことが嬉しかった。
チサトは胸がいっぱいになった。
そしてようやく片付けのほうも落ち着き、ダンボールにガムテープは貼らず、押さえるつもりでさっき出したジャケットを乗せる。
うー・・・ん、あとはこれを自分の部屋まで運んでクローゼットの着なくなったものと入れ替える、と。
チサトはダンボールをしばらく見つめた後、やはり面倒だなと思いながらも、でも自分でやらないと仕方のないことだからと、ダンボールを抱え、フラフラ足元がはっきり見えない中、立ち上がる。