黄昏と嘘

チサトの部屋の前までやってきたときアキラがダンボールをその場に下ろし、自分の部屋に戻ろうと振り向いた。

アキラと目が合い、チサトは彼に笑顔を向ける。

そんな彼女を見てあの時、たかだか返事をしないからと些細なことで怒鳴ってしまったことを謝った方がいいかもしれない、そう思い、ついて出た言葉。

「・・・あの時は・・・すまなかった」

「なにが・・・ですか?」

アキラが謝る事に心当たりのないチサトは不思議に思ってアキラに聞き返す。

「なにが・・・って・・・。
この前、つい大声で・・・」

そこまで言ってもチサトには何のことかさっぱりわからず、不思議そうな顔をするだけだった。
彼女はもう忘れてしまっているのだろうか。

そう思いながら、今度は違うことを聞いてみた。
もうひとつずっと引っかかって気がかりなこと。

「じゃあ、夏前の、LL教室で・・・」

そのことに関してはさすがに彼女も覚えていたようで、ああ、という表情を見せた。

でもあの教室でのことはチサトがアキラを傷つけてしまったかもしれないと思っていたことなので、いつかちゃんと彼女の方から謝ったほうがいいと常々思っていたことだった。

思いがけずアキラからそのことを言われ彼女は戸惑ってしまった。


どうしようか、今、何か、言ったほうがいいのか・・・。


でも迷った挙句、言えば余計なことを言ってしまいそうで、チサトは何も言えなかった。

< 118 / 315 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop