黄昏と嘘
「え?なんですか?」
チサトは晩ご飯を作るためキッチンに立ちフライパンを揺すりながら背中でモモカの言葉を聞く。
「だから、チサトちゃん、申し訳ないけど8月中でルームシェア解消してほしいの」
いきなりのその言葉を理解するのに時間がかかり、チサトはしばらくフライパンの中のウインナーを見つめる。
解消って?
そんなの、急に言われても……ってことは石田さん、ここを出て行くの?どうして?
解消したら、そしたら、私どうなるの?
チサトは身体が固まったままで、頭の中にいろんな思いがよぎる。
「ごめんね……。田舎に帰って実家継がなくちゃいけなくなって…」
モモカは申し訳ないという表情をしながらゆっくりと理由を話す。
「実家にって……、言ってもまだまだそんなつもりないって言ってたじゃないですか?」
チサトは力なくそう言ってターナーを掴んだまま、モモカの方に振り向く。
「うん……、アタシも今の仕事が楽しいし、まだまだしばらくはそのつもりだったんだけどね。
父親が倒れちゃって…母親1人で不安だから早く帰って来いって…」
そんなこと言われてしまったらチサトも返す言葉がない。
親の具合が悪いというのに引き止めるなんてできるわけがない、そう思いながらもチサトのこころの中にだんだんと暗雲が広がる。
倒れるとかそういうのなくても、もともとそのうち実家に帰って家業を継がないといけないとよく言ってたから、それがちょっと急で早くなっただけって思えば……。
いや、そんな彼女の事情よりも解消されたらその後の自分がどうなるのか、そのことのほうが切実で大切だ。
実家にだけは帰りたくない。
1講目の授業に遅刻ギリギリになるからそれだけは絶対に避けたい。
でもそれは正確に言えば小野先生の授業だけに関してのことだが。
「でもね、あまりにも急だとチサトちゃんにも迷惑かけるから、チサトちゃんの大学が夏休みに入る時までは……」
夏休みに入るまでっていってもそれでも、もうあと少ししかない。
なんて言葉を返そうか考えているとエプロンのポケットに入れてあるチサトの携帯が鳴った。