黄昏と嘘
ディスプレイを見ると電話の主はこの家の大家だった。
嫌な予感がする……そう思いながらチサトは通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「あ、日ノ岡さん?石田さんから話があったんだけど……」
なんなの、なんでこのタイミングで電話してくるの。
大家の声を聞いた途端になぜかチサトはムッとする。
そしてその感情をできるだけ表に出さないように、と気遣ったつもりだったが大きな声で言ってしまった。
「聞きました!私1人になるんですよねっ?!」
彼女のその言葉を大家は焦りと解釈したのか、
「日ノ岡さん、学生さんでしょ?家賃とか払っていける?」
追い討ちをかけるように言ってきた。
その声はいかにも心配そうに聞こえるけれど、それはチサトのへの心配でなく大家自身の心配なんだと彼女は頭の隅で理解していた。
これからチサトがひとりになってもちゃんと家賃を払ってってくれるのかっていう心配だ。
はいはい、この世の中お金ですもんね!
そう言い返してやりたいけど立場上、弱くそんなこと言えるわけもない。
「石田さんは8月に解約予定だから7月までにどうするのか決めてほしいんだけど……」
「え?7月?」
少し続く沈黙のあと、大家のまるで嫌味のようなため息がチサトに聞こえた。
「……今、考えてますから」
力なく、とりあえずそう言った。そう答えるしかなかった。
「それから…」
大家がまだ何か言いたそうに話を続けようとしていたがこれ以上、話したくないと思ったチサトは、
「ちょっと、今、手が離せなくて……切ります」
適当なことを言って電話を一方的に切った。
「ごめんね」
電話の会話を察してかモモカが申し訳なさそうな表情をしてチサトに謝る。
「いえ……別にいいです……」
「私、ちょっと考えたんだけどね、私がここ出て行ってもチサトちゃんが次のところが見つかるまで家賃を今まで通り払っても……。
だって私の一方的な約束破りなんだし」
いくらどうしようもない都合だからといって急に決まったことにきっとチサトは戸惑っているに違いないと思ったのだろう、モモカはそうチサトにそう提案した。
「あ、いいですよ!そこまでしなくても。
私これでも結構いろんなところにコネあるし、すぐに次の家見つけたりして?」
笑いながらそう答えるチサトだったけれど自分のその笑顔がひきつっていたことはわかっていた。
住みもしないのに家賃やっかいになるなんて、とんでもなく迷惑だから思わずついたウソ。
モモカの気遣いがこころに痛かった。
「……!!チサトちゃんっ!なんか焦げ臭いっ!」
モモカの声にハッと我に返るチサト。
「あっ!!」
フライパンの中を見ると無残な姿に変わり果てた真っ黒なウインナーがあった。