黄昏と嘘
この椅子・・・。
私が座る前は誰が座っていたんだろうか。
防音の施された部屋。
本格的で部屋の真ん中にはピアノとそれから側に椅子が一脚。
・・・他には何もない。
過去に誰かがここに座ってアキラの演奏を聴いていたのだろう。
そしてぼんやりとアキラ尋ねる。
「先生・・・、いつもそのショパンを弾いているんですか・・・?」
彼は彼女の声に少し首をかしげるようにする。
どうしてチサトをこの部屋に入れたのか、今更そんなことを思った。
ここだけは誰も入れたくなかった。
なぜかわからないけれど。
でも、なのになんの違和感もなく受け入れた。
彼の中に複雑な感情が湧いてくる。
「・・・先生はショパンが好きなんですか?」
画面を見つめたまま、動かないアキラにチサトはもう一度そっと尋ねた。
ここにいるのは「彼女」ではない----。
再び聞えたチサトの声にそう思い、冷静を装い、答えた。
「昔から・・・この曲をよく弾いていたから、・・・そう、クセのようなものかもしれない」
それだけ答えるとアキラは目を閉じて鍵盤に指を置き、曲を弾き始めた。