黄昏と嘘
彼女から「小野先生」という言葉が出てくるだけでチサトは急に熱が出たように身体が熱くなり、胸が急に高鳴り始める。
かなり重症だなあ、チサトはカノコに今の自分の状態が分かってしまわないようにと誤魔化して苦笑する。
「知ってた?先生ってバツイチなんだってね?まあ、冷淡ってもあれだけのルックスで女気なしっていうほうが不思議だもんね」
そんなチサトに気づくことなく、カノコは一気に早口で話した。
え……?結婚?小野先生が?
そんな事実があることをチサトは全く知らなかった。
いつも思っていることだけどはやり自分は彼について何も知らないんだと思い知らされ、落胆した。
それは結婚していたという事実よりも哀しいことだった。
チサトにとって彼が結婚している、いない、なんてどうでもいいことだったから。
彼がどうであれ「小野アキラ」であることには何も変わりはない。
たとえそれが「結婚していた」という過去のことではなく「結婚している」という今のことであったとしても彼女の感情も変わることはない。
「でも結局、先生ってあんな感じでしょ?だからきっと離婚ってことになったんだろうね」
落胆しているチサトに手を振るゼスチャーを入れながら面白可笑しくカノコは話す。
ただ、チサトの思いは「自分の知らない先生、先生って結婚してたことあったんだ……」それだけだった。
まだ学生である彼女にとって「結婚」という言葉がまだピンとこない、というのもあるのかもしれない。
「結婚?だからなんなの?」そんな感じだった。
そしてチサトはふと思い出した。
あの図書館の会話。
もしかしたら「彼女」、「大切」っていうのはその結婚していた女性のことを話していたのだろうか。
「……だからさあ、いろんな意味でやっぱ止めたほうがいいと思う」
チサトはそんなカノコの言葉を遠くに聞いていた。