黄昏と嘘
「うわー、もう、人が多いなあ。これじゃカノコがこの場所にいるのかもわかんないや……」
チサトは厚生棟のラウンジの入り口のところから彼女を探すのが面倒になり、肩にかけていたカバンから携帯を取り出してカノコの電話番号を呼び出す。
そして呼び出し音を聞きながら目ではとりあえずたくさんの人の中に彼女を探す。
そして……。
「あ、思いだした。こないだの授業のときLL教室に忘れてきたんだ……。電子辞書。ホント、何を突然、思い出してんだ?私?」
チサトは携帯を耳に当てたまま小さな声でつぶやく。
辞書のことはルームシェアを解消されてしまうことで頭がいっぱいになっていたせいか、すっかり忘れいていた。
でも思い出す、ということはおそらくそういうものだろう。
忘れた頃にふと思い出したりする。
それもどうでも関係のない時に突然。
そして彼女は携帯を耳からそっと離し、かすかに聞こえる呼び出し音を聞きながら点滅する「呼び出し中」の文字を見つめる。
どうしようか。
・・・まあ、仕方ないか。
チサトは電話を切って今度はメール画面を呼び出す。
そしてカノコに用事を思い出したから先に帰ってもらうよう連絡を入れた。
でも正直なところ今のチサトにとっては辞書の場所を思い出したことよりも、これからの住みかがどうにか解決するほうが数倍も嬉しいのに、と思っていた。
そう思うと一瞬、辞書を取りに行くのは面倒くさい、と思ったけれど、それでもやはりないと授業や課題に困るから、そう思った彼女はきびすを返しLL教室へと急いだ。