黄昏と嘘
だいたいこの教室の中に本当に人がいるのかどうかわからないし、いつまでもこうしてぼんやりと立ってるわけにもいかない。
逆に人がいたとしたならその人影が本当なのかどうか確かめたらいいんだし、それより一番の目的は辞書を探しに来たんだから、そう自分に言い聞かせるようにチサトは気をしっかりと持った。
そして静かにそっとドアを開けて一歩教室に足を踏み入れると吸い込まれるように中に入った。
「……えっと……オジャマしますよ……?」
自分にしか聞えないくらいの小さな声。
そしてチサトは曖昧な記憶をたどりながら、前回の授業の時に座っていた窓側の席へとゆっくりと移動する。
薄暗いせいかなかなか思うように動けない。
えーっと辞書、辞書……。置くとしたら机の中とか、そういうところかな。それよりどこ席に座っていたっけ?確かこのへんだったけど。
どうにかして中まで入っていくと変わらずしんとした教室のままで、やはりさっきの気配は気のせいだったのかもしれない、そう思い始めそのうちチサトは気にしていた人の気配のこともだんだん忘れて辞書を探すのに必死になっていった。
周りを見ながらゆっくりといつもの窓側の席の方へと進み、席に近づいたとき窓側のほうに視線を向けた。
「・・・?」
そしてチサトの目に入った、影で暗くはっきり誰ともわからなかったけれど人の気配。
ハッと息を飲む。
やっぱり、誰かいる。
誰?
どうしようか、そう思いながらもここまできてしまったらもう引き返せない。
驚きながらも無意識にその人物が誰かを知りたくて目を凝らしてその人影を確かめようと相手がまだチサトの存在に気づいていないことをいいことに彼女はじっとその人物を見つめる。
カーテンが揺れる度、窓の向こうを見つめていたその人影は隠れて見えなくなる。
でも、チサトには。
ぼんやりとしたやっと届くようなあかね色の教室の中で窓の外をじっと見つめているその人影は―――。