黄昏と嘘
でも、今。
唇が離れた瞬間、アキラはチサトが遠慮がちに寄せていた身体をぐっと自分の方へ引き寄せ、きつく抱きしめる。
彼女はその力にびっくりし、息することすら苦しいように感じた。
チサトはバランスを崩し、倒れそうになるがアキラはそのまま身体を反転させて、彼女を抱えるように部屋に入れ、側にある自分のベッドの上に押し倒した。
―――箍が外れた。
「私、先生と一緒だったら、・・・どうなっても、構わないです」
「・・・もう、戻れないかもしれない」
そんなアキラの真剣な表情と言葉にチサトはどきり、とする。
ベッドのスプリングが鈍く、ギシリと音を立てる。
チサトの両手を押さえつけるようにアキラの手があり、彼女は身動きができなくなる。
どんな表情でアキラがチサトを見つめているのか彼女自身、確かめたかったけれど彼は部屋の照明を背にしていて大きな影になり暗く、わからなかった。
チサトは一瞬、怖いと感じたけれど、でもそれも、アキラに触れられている、そう意識すると怖いという思いよりもチサトの胸が高鳴り気持ちが高揚する。
彼女の右手がふと自由になる。
アキラはメガネを取りベッドの脇にあるチェストにそっと置く。
その置いたコトン、という音が合図のようにアキラはチサトに覆いかぶさり、今度は彼の方から彼女に唇を寄せる。
彼女を気遣うような、やさしいキスにチサトは息をすることを忘れそうになるくらいに胸がときめく。
チサトの身体中が熱くなってゆくのが自分でわかった。
それを彼に知られたくないという恥ずかしさで無意識に力を入れてアキラの背に腕を回した。
窓の外を見れば、茜色の夕暮れはいつの間にか、うっとりとするほどに美しい黄昏へと。
その中で小さな白く輝く月が見えた。
例えるのならアキラが黄昏で、小さな白い月のチサトを包み込んでいるような。