黄昏と嘘

・・・先生、いなかったらいいのに。


諦め悪く、そんなことを考えながら部屋を出てそっと辺りをうかがうが、周りはシンと静まり返っていた。
そして先に洗面所の隣にあるランドリーコーナーへシーツを片付けに行き、それから納戸、ピアノの部屋、と順番にゆっくりと彼を探してみるがアキラの姿はなかった。

どこかへ出かけたのかもしれない、そう思うと少しチサトはほっとする。

それからチサトは自分の部屋には戻らず、冷えてしまった身体を温めるために紅茶でも淹れようとリそのままビングに向かう。


でも、彼女がリビングのドアを開けたとき。


広い背中、きれいな黒髪、白いシャツから見える、たくましい腕。


―――アキラの後ろ姿を見つけた。


彼女は今、目の前にいる彼を見つめ、あのひとに抱かれたのだ、と思い出す。
途端に彼女の身体は熱が出たようにかっと熱くなり、何か話さなければと思うと同時に言葉を失ってしまった。

そんなチサトの気配に気づいたのか、アキラがゆっくりと彼女の方に振り向く。

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